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武蔵国 府中 是政青年会のページ
平成19年1月1日より、新たに鈴木将也君が青年会長に就任いたしました。
本年も是政青年会の活動にご協力をお願いいたします。
府中市制50周年で太鼓パレードに参加した是政八幡神社宮付太鼓
この太鼓は、石川県松任市にある浅野太鼓楽器店にて製作されたもので、
太鼓皮面直径1.5メートル 重量2トン 胴最大直径1.95メートル
胴全長1.92メートル 胴材はアフリカ産樹齢1100年のブビンガです。
| 是政青年会は、是政八幡神社を中心として、府中青年会連合会、府中東部青年会連合会、四之宮講中、是政文化センターのコミュニティ協議会、青少対第9地区委員会に所属し、大国魂神社の例大祭を始め東部地区の各町の春祭りや秋祭り、是政文化センターの行事に参加している団体です。 |
是政青年会では、会員を募集しています。きみも一緒にお神輿を担ぎませんか!
年齢、性別は問いません、一度お祭りに参加してみませんか!随時募集しています
問合せ先は下記まで
是政青年会 副会長 比留間康夫まで
携帯090-2497-9790
メールhiruyasuhonnpo-misoji@docomo.ne.jp
年間行事予定
| 1月 |
是政八幡神社初詣 府中市青年会連合会新年会 |
| 2月 |
府中市青年会連合会ボーリング大会 |
| 3月 |
東部青年会連合会懇親会 |
| 4月 |
府中市青年会連合会総会 小田分祭礼参加 |
| 5月 |
大国魂神社例大祭四之宮神輿巡行 是文運動会参加 |
| 7月 |
押立祭礼参加 是文まつり(模擬店焼きそば) |
| 8月 |
八王子祭り参加 |
| 9月 |
是政八幡神社祭礼(第三の土日)
下染屋、芝間、小田分、車返、東町祭礼参加
西蔵院 鼻取地蔵祭礼参加(24日)
大国魂神社栗祭り 行灯出展 |
| 10月 |
小柳南町祭礼参加 府中市青年会連合会親子ハイク |
是政八幡神社の歴史
祭神は誉田別命(応神天皇)。是政鎮守。例祭九月十五日。是政八幡宮という。縁起(猿渡先生の武蔵府中物語収録)によれば、北条氏照の麾下、高橋孫三郎が八王子城で戦死後、その子が母と共に是政に居住した。長じて高橋兵丞吉次といい、家の武運を祈るため京都岩清水八幡宮を勧請したのが、この八幡神社であるという。
社殿三間に二間。新編武蔵風土記に「除地、二畝五歩、中村にあり、三間に二間の覆屋、小田原北条の家人高橋兵丞吉次建立という。其父は孫三郎某といえるよし、例祭八月十五日、此日獅子舞及角力を興行す。村内の鎮守、竜泉寺のもちものなり。末社稲荷、山王、水神、共に小社、本社の前にあり。」とある。獅子舞・角力の興行は現在は行われない。
末社三柱は境内南寄りに合祀されている。其の社全の石鳥居には「安永四乙未天十二月日武州多磨郡是政村 川辺五郎エ門」の銘がある。境内の南東隅に、明治中頃東京駒込肴町の石屋酒井八郎エ門が是政の石橋四十二ヶ所を工事した恩徳を記念する「橋材義捐之碑」が立つ。なお、大久保寅吉氏所蔵の天明三年九月にかかれた大丸村と是政村との村境論争に関する判決地図によると、現在よりもっと南方の川欠の場所に「鎮守正八幡神社跡」とあり、その西隣に「東円寺跡」とある。これによって現在の地には天明以後に移されたことがわかる。東円寺は再興されなかったのであろう。現在はない。
「府中市史資料集(十四)」より |
是政八幡神社の奉賛会
現在、是政八幡神社は各町会(7町会)より選出された方々が、奉賛会を組織しご奉仕されています。
篠塚孝雄奉賛会長のもと、年中行事として新年初詣をはじめ、2月に行われる初午、祈年祭、秋の例大祭、新嘗祭などが執り行われています。特に、秋の例大祭は各7町会が神酒所を設営し、宮付神輿・大太鼓・山車が各町会を巡行し、八幡神社に戻る時には、各町会の神輿6基と二張りの太鼓が集まり、大賑わいとなります。 |
是政山西蔵院の逸話
9月24日に是政西蔵院(二十四番札所)鼻取地蔵尊のお祭りが行われました。是政青年会によるこども達の映画会や模擬店、是政囃子連や近隣の囃子連による府中囃子などとても賑やかでした。 この鼻取地蔵にまつわる霊験譚は、是政村の人々の素朴な心と暮らしの風景を伝えていると読売新聞多摩版に紹介されました。 -----昔々、お地蔵様を深く信仰する村の男がいた。ある日、代掻き(田植え前に水田をかきならすこと)をしようと馬を連れて田に入ったが、馬の鼻を取って先導する人がいればいいのだが、男一人ではどうしようもない。すっかり困り果てているところへ、「俺が馬の鼻取してやるよ」。見知らぬ小僧がどこからともなく現れて、手伝ってくれるという。小僧が鼻取すると馬はたちまちおとなしくなり、一日の仕事があっという間に終わってしまった。ほっとした男が小僧に礼を言おうとすると、小僧の姿はもうない。不思議なことだと思いつつ、帰りぎわ地蔵堂に立ち寄ってびっくりした。なんと地蔵の腰から下が泥だらけ。「ああ、お地蔵様が小僧に姿を変えて助けて下さったのだ」男は益々お地蔵様を大切にするようになったという-----ちなみに、是政の地名の由来は、小田原北条氏の家臣・井田摂津守是政が主家滅亡の後、この地に土着したことに始まる。 |
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