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| 1979年に初めてレースの登竜門といわれた富士フレッシュマンレースに出場した頃は、ポンコツになったサニーを解体屋から買ってきて、仲間たちに毎晩手伝ってもらい自分達でパーツの組みつけからエンジンやミッションのオーバーホールをしていました。 当時は、レース用のパーツやタイヤを買うためと練習走行代やエントリー代、ガソリン代を捻出するために毎日が仕事とバイトの日々でした。お金がなくて、2年間で服が買えたのはジーパン1本でした。しかし、初めて出たレースで、無我夢中で走り終わったら5位に入賞したことやその後のレース結果がよい成績だったので、仕事やバイトの疲れもお金がないことも全然苦になりませんでした。 また、チャンピオンなれたのも川口さんというメカニックの方とのちょっとした出会いから始まったことでしたが、それまでのチームの皆さんに育てていただいた結果が、その年に実を結んだのだと私は思っていますし、また感謝しています。 |
| 1979年〜1982年 racecar・B110サニープロダクション富士仕様 デビュー戦 5位入賞 常時、上位入賞もしくはクラッシュ エントリー TTRC水野レーシング エンジンメンテナンス RS中春 |
| 1983年 racecar・SA22CサバンナRX7P−3000富士仕様 エントリーandメンテナンス こやた園芸レーシング |
| 1984年 racecar・P-2500富士仕様 エントリーandメンテナンスERC *富士フレッシュマンレースシリーズ P-2500クラスシリーズチャンピオン CHAMPIONCAR NO.11 |

1984年富士フレッシュマンレース第1戦オートスポーツ誌に取り上げられたP−2500クラス
富士のシケインを単独トップで快走する鈴木錦治

1984年のシリーズは全8戦中優勝7回、3位1回でシリーズチャンピオンを獲得
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