鈴木 きんじ
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平成13年農業祭り宝船です。毎年、府中産の野菜で作成されています。

 
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*堆肥センター(仮称)の設置作業  10/31updete

援農ボランティアと都市農業
  府中市押立町 榎本重雄君


さて、今回は、平成13年度のJA青年の主張、東京都大会優勝、関東甲信越大会準優勝の府中市押立町在住で農業後継者の榎本君が、二つの大会で発表した「援農ボランティアと都市農業」をテーマにした全文を掲載いたしました。 
これからの、私達の生活を考えていく上で、とても参考になるお話です。是非とも、お読みいただけると幸いです。
 主婦がスーパーで私達の小松菜を手にした時、そのたった一人が東京に農家があることや農業で生活しているものがいることを気に留めてくれたなら・・・家庭で東京にもまだまだ畑があることを子供達に伝えてくれたなら・・・その小さな関心が都市農業を身近にし、もっと農業が認められるのではないでしょうか?
 その考えのもと私達は、府中産自然の恵みいきいきとのキャチフレーズを掲げ、独自の出荷組合を立ち上げました。
これはロゴマークの入った出荷箱や野菜結束テープを作成し、それまで個人個人だった小松菜を地域の小松菜と捉え、府中市押立産ブランドとしての地位の確立と食卓へのアピール、さらなる品質向上への研究を皆で図ってきたのです。それは農業という歴史的に古い仕事でありながら3Kと嫌われ嫁不足と社会現象にまでなる一種独特な職業に従事する私たちの社会進出の第一歩でもありました。しかし、それは所詮地域での地元のつながりや農家と農家の交流を深めただけに過ぎず、安心・良質な小松菜を安定して供給できることへのPRには充分な手ごたえを感じてはいましたが、都市農業の大切さを理解してもらうにはまだまだ遠いものがありました。
  そこで今、私達がしなければならないこと、それはもう一歩前進することです。東京の農家は、一見恵まれているように見られがちですが、慢性的な人手不足、安定しない収入、厳しい労働条件、そして後継者がいないことなど抱える悩みは地方農家と一緒です。逆に、東京であるがゆえに農地を資産としては維持したいけど、農業を職業とはしたくないと思っているのが本音です。しかし、これでは都市農業は衰退し、農地はやがて住宅となってしまいます。一度農地を潰したら、もうもとの姿に戻らないことをいったいどれくらいの人たちが分かってくれているのでしょう。
 野菜を供給することで、この小さな農家が多くの人々を養っているのだという私たちの自己満足の意識は、時代の食に対する価値観の変化とともに変わるべきです。家族や身内に拘らず、もっと第三者を受け入れ、農業や農地の大切さを直接伝え、一緒に継承することが私たちの次へのステップだと私は考えています。
他人に頼るしか農業を守れないのが現実でもあります。
 幸いなことに東京では、行政の支援によりふれあい援農ボランティアという事業を展開しています。これは土に触れたい都民と人手の足りない農家との橋渡しをする画期的なもので、地域のJAを通じて興味のある農作物の知識を教えてもらいながら、私達の畑仕事も助けてくれる、まさに相思相愛のボランティアです。ボランティアとして耕す者のいない農地を支援したり、不安定な収入により人を雇ってしまうと生活が成り立たない農家の手助けしてくれる都市農業としては初めての試みです。

 私の家でも父が倒れ、いきなりの労働力不足で八方ふさがりの状況に助けがほしいというきっかけから登録しました。それまで、昔ながらの家族経営農家である私は、他人が入ることによる気兼ねや一から教える大変さ、何より家の仕事をやってもらうのにボランティアであることに正直、戸惑いました。閉ざしてきた生活環境を崩し、第三者と向き合わなければならないことに抵抗もありました。しかし、現実は甘くなく手入れのできない畑は荒れ、ゴミのポイ捨ての量は何倍にもなりました。容赦ない意識改革が私に必要でした。
農業という家と家のつながりから農業人という人と人との出会いの場に開放する時が来たのだ。これはマンションや高層ビルだらけで、多種多様な職業が存在する首都圏農家だけに与えられた特権ではないだろうか。緑や自然に接する機会が、なかなか得られない人たちに、安らぎや豊かさを実感してもらおう、これからの農地を地域交流の核とすることで消費者へ働きかける直接的なチャンスにもなる。こんななかで、私は援農ボランティアを前進の一歩と捉え、今この事業に取り組んでいます。
 
当初は、ガーデニングの延長気分で来るボランティアの皆さんと、直ぐにでも成果を上げて欲しい、私との根比べでもありました。ボランティアの皆さんは、野菜は有機栽培に限ると言いながら、虫が付くとすぐに殺虫剤。成長が遅いと心配し、すぐに栄養剤。自然の力を信じずに結局は化学に頼り、本当に毎回頭を抱えることだらけで、何度となく身内だけに戻ろうかと考えました。
 ただ慣れてくるにつれて、皆さんの向上心には本当に驚かされるものがありました。毎日毎日ただ農作業に追われていた私にとって、自分の勉強不足を痛感させられ、質問される度に即答できずに学生時代の教科書を引っ張り出し、自分も勉強するほどでした。しかし、私にはこれが新鮮だったのでしょうか投げ出す気にはなりませんでした。それまで家族だけの仕事で、ともすれば誰とも口を利かずに畑仕事をこなす日もありましたが、ボランティアの皆さんが来るようになって会話が生まれ、その日の準備や作業の打ち合わせにプライベートなことまで、笑顔のある畑に変えてくれたのでした。
 異業種の方々と接することのほとんど無い私にとって畑はコミュニケーションの場となったのです。臭いだけと思っていた鶏糞もそれが有機堆肥だと分かれば、美味しい野菜につながる匂いと我慢ができるようになり、安全で売れる商品となる野菜を作るには、繊細な神経と努力が必要で、価格より質を重視するようになった。そんな声が聞こえると、私の農業も少しずつ成功しているように感じます。このままずっと同じボランティアの方だけに手伝ってもらうと楽ですが、教える苦労はしても新しい方を積極的に受け入れ、裾野を広げたい。そして農業を応援してもらうことで、都市農業を理解してほしい私達の願いも伝わっていくのではないでしょうか。

 こうした、ふれあい型の農業経営は、ボランティアという消費者に直接伝えることができ、この私では思いも付かない知恵や発想を持っていたりします。このような消費者との関係をもっと蜜にできれば、伸び悩みの都市農業は今後発展に向け動き出せるでしょう。これからの道は、農業を直に支えてくれる消費者の存在なくしては語れません。
 農地を生産面のみではなく、緑が多くあるということは健康的な生活環境を提供し、また広い農地はいざという時に安全な場所となり防災にも役立つことを、私たち生産者から農地の多面的機能必要性を伝えなければ消費者は誰も理解してはくれないのです。
そして、食卓に近ければ近いほど、実は輸送の時間が省け、より新鮮で取り立ての野菜が食べられるのです。
こうして農業を続けたい私と、農業を少しでも理解しようとしてくれるボランティアの皆さんとの交流は、まだまだ始まったばかりです。
 そして、もう一つ気が付いたことは、これからの農業は職業として認知されてもいいのではないかということです。今、私の所には若い学生さんがきていますが、就職期に入り、農業のような第一次産業の求人は見たことが無いといいます。サラリーマンが定年後、農業人を目指すように、緑や土に触れたい若者も少数ながらいるのです。私にとっても、きつい農作業にどれだけの魅力を感じているのか疑問に思いますが、大自然を相手にしたいと語る若者の力が本当に必要です。私たち農業を職業にしている者でも、利益だけを目的としていたなら、この仕事は勤まりません。いまどきの若者もそんなことは百も承知の上で、やりがいを求めています。
 若い力は、農作業も効率的に進め、新しい経営感覚を持ち合わせており、安定した収入にもつながります。
今、就職は氷河期と騒がれていますが、バブル経済期と異なった現在だからこそ、農業を職業として跡継ぎのいない高齢者の農家にも勤めることが可能なのです。そして東京にを残したいという合言葉を胸に、若い人たちとともに助け合って行きたい。
 世の中理想論だけでは食べて行けませんが、農業は閉ざされた職業であったがゆえに、未知の部分が多くチャレンジの道が残された未来ある職業です。そして、そこに夢を見出せたなら、きっと輝かしい農業の道が開けるでしょう。

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